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東京地方裁判所 平成5年(ワ)14921号 判決

原告

内田英男

右訴訟代理人弁護士

横溝高至

被告

国際証券株式会社

右代表者代表取締役

松谷嘉隆

右訴訟代理人弁護士

松下照雄

川戸淳一郎

竹越健二

白石康広

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金六三五万六八七五円及びこれに対する平成五年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  前提となる事実

1  原告は昭和五二年から実兄内田正三(以下「正三」という。)の運営する会計事務所に勤務し、個人及び法人の税務会計に関する仕事に従事している者である。

被告は、有価証券の売買等の証券業を営む株式会社である。

2  原告は、昭和六二年一〇月、借成証券で株式取引を始め、昭和六三年二月八日、被告静岡支店に原告名義取引口座を設定して被告と証券取引を開始した。原告は、その後、平成元年六月二〇日、被告吉祥寺支店(以下「被告支店」という。)に口座を移管し、右口座移管に伴って、被告支店店頭営業課営業主任門倉正幸(以下「門倉」という。)が原告の担当者になった。門倉が平成二年一二月に転勤した後は、被告支店の塩原猛次(以下「塩原」という。)が原告を担当した。

(以上の事実は、当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認めることができる。)

二  原告の主張

1  原告は、平成二年二月二六日ころ、原告所有の大日本インキ、日立金属及び関西電力発行の株式を損失発生のもとに売却した。

その際、門倉は、原告に対し、「一週間位で五万円位儲かる商品があります。ワラント証券といい、これは株より多額な利益が上がります。株の売却代金をそのまま遊ばせておくより、ワラント証券をお買いになった方がいいですよ。」と言って、外国ワラントの取引を勧誘した。原告は、当時、株式市況について門倉に相談していたことはないし、正三が被告支店でワラントを買い付けたことも全く知らなかった。

原告は門倉の言葉を信じ、同月二八日、昭和電工の外国ワラント五〇ワラント(以下「本件ワラント」という。)を六三五万六八七五円で買い受けた。その際、原告は、ワラントについて説明を受けず、説明書も交付されなかったので、ワラントを株式と同じようなものと理解した。門倉は、「この証券は、外国で発行されているので、外国証券取引口座設定約諾書に署名捺印をしてほしい。そしてこの外国証券取引口座設定約諾書を確認したということで、外国新株引受権証券の取引に関する確認書に署名して下さい。」と要望した。原告は、「生命保険の約款と同じでこんな細かな字で書いてある文書をいちいち読んで申し込む方なんていないでしょうね。」と言いながら、通常の株式の取引と同じ気持ちで、内容を読まずに署名捺印した。

2  原告は、平成二年三月ころ、門倉に「ワラント証券は大丈夫ですか。」と尋ねたところ、門倉は、「お売りになるのはまだ待って下さい。お売りする時期は、私が指示しますから。」と答えた。その後も原告は何回となく門倉にワラントについて問い合わせをしたが、同じような返答であった。

3  門倉は、その後転勤になり、後任担当者として被告支店の塩原が紹介された。門倉は、塩原とともに原告を訪ね、「お売りする時期は私共の方で指示する旨を申し送りしておきました。」と話した。

その後、塩原から何の連絡もなかったが、平成三年六月末ころ、本件ワラントの売買がなされた旨の平成三年六月二七日付け取引報告書が原告のもとに届けられた。右売買は原告に無断で行われたものであったので、原告は直ちに被告支店に異議を述べたところ、被告支店は「トリケシ」の記載のある取引報告書を送付してきた。

被告支店支店長浅川嘉昭(以下「浅川」という。)が、同年九月二日午後七時過ぎ、原告勤務先に来訪し、本件ワラントの時価評価額が一七万一〇〇〇円であること、新株引受権の行使期限は平成五年三月二九日であること、行使価額は1253.70円であるが、現在及び今後の株価状況からして本件ワラントは実質的には〇円であること、証券自体は国外にあり、取り寄せるのに多額な費用がかかることを説明した。原告は、浅川にワラントの説明書の送付を依頼し、同月五日、ファックスで送付された説明書を読んで、ワラントがプレミアムを買うに等しいことを知ったる

4  本件ワラントは、平成五年三月二九日に行使期限が到来したが、その時の価値は〇円であった。

5(1)  被告は商法上の問屋であり、顧客に対し善管注意義務を負うところ、右善管注意義務は、委託契約の成立過程及び成立後において、専門的な立場から顧客に適切な助言、説明、情報を与える義務(付随義務)として認められる。

被告の社員門倉は、「一週間位で五万円位儲かる商品があります。ワラント証券といい、これは株より多額な利益が上がります。」と原告に述べて勧誘した。右勧誘行為は本件ワラントの取引によって確実に多額の利益を得ることができるかのような説明だけを行ったもので、有価証券の価格について原告を誤認させ、また、断定的判断を提供した不当な勧誘行為であって、証券取引上も禁止された行為である。また既に述べたように、門倉は、ワラントの内容、仕組み及びワラントには権利行使期間があって株価が上昇せず権利行使価格を上回らないときは新株引受権を行使して利益を得る機会を失い、ワラントは紙切れ同然となって価値を失うものであることについて、財団法人日本証券業協会の通達及び公正慣習規則が定める説明を何らせず、説明書も交付しなかった。さらに、原告の問い合わせに対し、売る時期は門倉の方から指示する旨繰り返し述べるにとどまった。

右のような不当勧誘、説明義務違反及び助言指導義務違反により被告は善管注意義務に違反したのであって、債務不履行責任を負う。

(2) 門倉は、右に述べた不当な勧誘をし、また、説明義務に違反した。右行為は、単に法令・規則違反にとどまるものではなく、社会的相当性を欠く違法な行為である。したがって、被告は原告に対し不法行為責任を負う。

6  よって、原告は、被告に対し、債務不履行又は使用者責任に基づく損害賠償請求として六三五万六八七五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年八月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  被告の主張

1  原告は、被告支店と取引を開始した当初、五〇万円程度の利益を出しており、正三及び原告の勤務先会計事務所の職員大木信行(以下「大木」という。)も被告支店に取引口座を設定して証券取引を行っていた。しかし、平成二年初頭の株価暴落により原告保有の有価証券に評価損が発生したことから、原告は門倉に株式市況について相談を持ちかけ善後策を協議していた。原告は、正三が平成二年二月一九日に昭和電工ワラントを買いつけたことを門倉から聞きつけ、ワラントに興味を示した。

門倉は、同月二〇日夕刻、原告勤務先で、ワラントとは新株引受権付社債(ワラント債)から切り離された新株引受権証券であること、その証券に表章される新株引受権は行使する期限(権利行使期間)が限られていること及び行使期限の経過により新株引受権は行使できなくなってその価値が消滅することを説明し、さらに、株価情報誌「ゴールデンチャート」及びワラントのパンフレットに基づいて、ワラント価格は株価に連動して変動するが株価に比して値動きの幅が激しくなる傾向があること(ハイリスク・ハイリターン)、ワラント価格はポイントと呼ばれる券面額に対する百分率で表示されること等を説明した。門倉は、昭和電工の株価上昇が見込まれることから本件ワラントの買付を勧誘し、前日の正三の買付価格より低額で買い付けられることを説明したところ、原告は本件ワラントの買付を注文した。

原告は本件ワラント買付のため、原告の保有する日立金属転換社債、関西電力転換社債及び大日本インキ株式を売り付けて本件ワラントの買付代金に充当し、右売付代金で不足する分については、同席していた大木と相談のうえ大木の保有するアサヒビール株式を売却してその売付代金を充当することにした。原告及び大木は、右転換社債及び株式の売付を門倉に注文した。

門倉は、翌二一日、右転換社債等売付注文及び本件ワラント買付注文を執行し、原告勤務先を訪ねて各約定成立を報告した。その際、パンフレットを原告に交付し、ワラント取引に関する確認書及び外国証券取引口座設定約諾書を示し、原告はこれらに署名押印して被告に交付した。また、被告は、後日、本件ワラント買付の取引報告書を原告に送付する際、パンフレット「ワラント取引のご案内」を同封した。

2  門倉は、その後月二ないし三回程度、原告に電話で株式市況及びワラント価格を連絡した。平成二年八月の湾岸戦争勃発による株価暴落及びそれに連動したワラント価格の暴落の際にも、門倉は本件ワラントの下落した価格を連絡したが、原告から何の苦情も受けなかった。

3  門倉は、平成二年一二月四日、転勤後の後任者の塩原とともに、原告勤務先を訪問した。その際、塩原は、当時の株式市況を説明した上で、持参した株価情報誌ゴールデンチャートの昭和電工のチャートを原告に示して昭和電工ワラントの権利行使価格及び権利行使期限を説明し、昭和電工の株価が行使価格を上回らないまま行使期限を経過すると本件ワラントの価格はゼロになってしまうことを説明した。さらに、門倉が、「ワラントお預り明細のお知らせ」を原告に示した上、現状の本件ワラントの価格は4.62ポイントであって、日本円に換算すると、一五二万九〇〇〇円であることを説明し、原告は右「ワラントお預り明細のお知らせ」の内容を確認して署名押印した。原告が権利行使期限までまだ時間があるのでしばらく様子を見たいと言うので、塩原は昭和電工のワラント価格に変化があれば原告に連絡すると伝えた。

被告は、平成三年二月から三か月毎に、被告本社からワラントを保有する顧客に「新株引受権証券(ワラント証券)時価評価のお知らせ」を送付しているが、原告から何ら苦情がなかった。

浅川は、平成二年六月末に正三に会い、同人の保有していた昭和電工ワラントの状況を説明して売付を勧誘したところ、同人から塩原へ売付指示があった。ところが、塩原は、平成三年六月二七日、取引口座を間違えて、正三名義口座ではなく原告名義口座で、預かっていた昭和電工のワラントの売付注文を出した。数日後、原告名義口座での売付の取引報告書が原告のもとに送付され、原告及び正三は塩原に電話で問い合わせをした。塩原は右問い合わせによって誤りに気付き、売付約定の訂正をした。

浅川は、平成三年九月二日、本件ワラントの善後策を協議するために原告の勤務先を訪問し、当時の株式市況等を説明して本件ワラントの価格を原告に伝えた。浅川は原告にワラント価格の下落の原因を聞かれたので、担当者がワラント価格を連絡しているはずであること及び同年二月からワラント価格を知らせる通知がきているはずであることを伝え、さらに念のためワラント取引の特質及び注意点を説明し、価格下落の原因を説明した。原告はこれに対し、「そんな説明は聞いていない。」と苦情を申し立てた。浅川は、担当者に説明の点を確認することを約束した上、今後は利益があがる確率が高い商品があれば案内してワラントでの損失を徐々に取り返してゆくことを提案した。原告はこれに納得し、本件ワラントの時価を記載した回答書に署名押印したうえ浅川に交付した。原告は、その際、本件ワラントの買付は三人での共同投資であって、そのうちの一人には迷惑をかけられないこと、原告が保有しているゴルフ場会員権を売却してもその人に損失分を填補しなければならないことを話した。

浅川は、同月五日ころ、原告から本件ワラントの買付は納得できないとの電話を受けた。浅川は担当者がワラントについて説明をしたことを伝え、原告にパンフレット「ワラント取引のあらまし」とワラント取引確認書をファックスで送信した。その後も、浅川は原告から苦情を受けたが、原告の職業からしてワラント取引の確認書やワラントお預り明細のお知らせに署名押印して被告に差し入れたのに何も知らなかったと言うことはないでしょうと話して理解を得ようとしたが、結局、納得が得られなかった。

4  被告に通達及び規則等の違反があったとしても、直ちに債務不履行ないし不法行為責任が生じるわけではない。また、証券取引法の規定及び自己責任の原則からすれば、被告が投資者に説明義務を負うのは個々の投資勧誘の事情に照らし信義則上認められる場合に限られる。被告に説明義務が認められる場合であっても、ワラントが従来の商品と異なるものであることを概略的に述べれば足りる。

四  争点

1  本件ワラント取引に際し、被告に債務不履行責任又は不法行為責任を基礎づける不当勧誘、説明義務違反及び助言指導義務違反の事実があったか否か。

2  被告が賠償すべき原告の損害額

第三  争点に対する判断

一  甲第二号証、乙第一ないし第七、第二四ないし第四一号証、証人門倉及び同浅川の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は実兄である正三が運営する会計事務所に勤務し、税務署への申告書類の作成補助等の事務に従事していた。原告は、被告支店への口座移管後、平成元年七月二五日に被告支店での取引を開始し、現物株式並びに新規発行又は公募の株式及び転換社債の取引を十数回行っていた。門倉は右移管手続のため原告の勤務先を訪問した際、正三及び大木にも被告支店に取引口座を設定してもらった。原告名義口座における取引資金は、原告、大木及び原告の知人の会社経営者佐藤の三人が各二〇〇万円ずつ出し合ったもので、右資金の管理は原告が任されていた。門倉は、公募の株式や新規発行の転換社債等があると原告に紹介し、また、週に一度くらい相場の動向を原告に電話連絡していた。

2  門倉は、正三が他の証券会社でワラント取引を行っていることを聞き、正三にワラント取引を勧誘したところ、平成二年二月一九日、正三が昭和電工ワラントを買い付けた。門倉は、平成二年初頭の株価暴落で原告の手持ちの有価証券に評価損が発生し、原告からその回復手段を相談されていたこともあって、原告に本件ワラントの買付を勧誘することにした。門倉が本件ワラントの買付を原告に勧誘することにしたのは、短期間で価格が上昇すると予想していたこと、正三の買付価格よりも本件ワラントが値下がりしていたこと等からである。

門倉は、翌二〇日夕方、原告の事務所で原告にワラント取引を勧誘した。門倉は、その際、株よりも利益が上がることが見込まれる商品があると述べた上、株価情報誌ゴールデンチャートとワラントの仕組み及び価格変動等を図解入りで説明した被告発行のパンフレット「ワラント取引のあらまし」(以下「本件パンフレット」という。)を利用して、ワラントとは新株引受権付社債(ワラント債)として発行され、発行後に社債から切り離されたプレミアム部分の新株引受権という権利であり、ワラントの価格は株価に連動して上下し、その価格変動の幅は株価の動きより大きくなることを説明した。また、門倉は、ワラントの価格はポイントで表示され、一ポイントで大体三五万円から四〇万円になることを説明した。原告が「転換社債と同じか。」と質問するので、門倉は、権利を行使する期限があることは同じであるが、ワラントではプレミアム部分の新株引受権という権利だけが社債から切り離されて社債部分がついてはいないので権利行使期限を過ぎると価値がなくなってしまうことは注意しなければいけないことを説明し、右ゴールデンチャートに記載された本件ワラントの行使期限を知らせた。

原告は、本件ワラント買付をその場で決めたが、原告が当時保有していた有価証券の売付代金のみでは買付代金に足りなかったので、大木に資金の手当てを相談した。大木は、右相談を受けて、同人が保有していたアサヒビールの株式を売り付け、本件ワラントの買付代金に充当することにした。

門倉は、翌二一日、前日に受けた右各注文を執行した。買付に際し、日本証券業協会発行の外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書と本件パンフレットを「読んでおいて下さい。」と話して原告に交付し、外国証券取引口座設定約諾書と外国新株引受権証券の取引に関する確認書に署名押印してもらった。また、門倉は、数日後に本件取引の取引報告書を原告に郵送した際、「ワラント取引のご案内」と題する書面を同封した。

3  門倉は、原告の本件ワラント買付後、週に一回程度、相場の状況を説明して本件ワラントの価格について電話連絡していた。門倉は原告からワラント価格がかなり下がったときに相談を受けた際、「もう少し我慢すれば株価も回復してワラントの価格も回復するかもしれませんから、昭和電工ワラントの価格は私も注意して見ておきます。」と答えたことがあった。門倉に対し本件ワラントの価格下落について特に苦情はなかった。

門倉は、平成二年一二月四日、後任者塩原への引き継ぎのため原告勤務先を塩原とともに訪問した。その時、塩原が株価情報誌ゴールデンチャートを用いてワラントの行使期限、行使価格と昭和電工の株価を示して本件ワラントのその時の状況を説明し、門倉が時価評価額及び権利行使満了日の記載のある「ワラントお預り明細のお知らせ」を示して本件ワラントの時価評価額が一五二万九〇〇〇円であることを説明し、原告は右書面に署名押印した。原告が、「行使期限までは時間があるのでしばらく様子を見たい。」というので、塩原は、本件ワラントの価格に変化があれば連絡することにした。

4  その後、原告に対しては、塩原が電話で連絡を取り、浅川が訪問して本件ワラントのフォローを行った。また、被告本社は、平成三年二月からワラントを買い付けた顧客に対し時価評価額の通知を開始し、原告の元へも通知がなされた。

塩原は、浅川から、平成三年六月末、正三が昭和電工のワラントを売り付けそうだとの報告を受けたので、正三に電話連絡をし、同人から売付注文を受け売却した。ところが、塩原は、原告と正三の口座を間違えて原告口座で右注文を執行した。その後、塩原は原告から「私は売るとは言っていない。」旨の、正三から「原告のワラントを売るとは言っていない。」旨の連絡を受けて口座の間違いに気付き、訂正した。

5  浅川は、平成三年九月二日、原告の勤務先を訪問して当時の株式市況等を説明して本件ワラントの価格を知らせたところ、原告から何でそんなに安くなったのかと問い合わせがあった。浅川は、担当者が価格を連絡しているはずであること、平成三年二月からはワラント価格を知らせる通知が来ているはずであることを話し、ワラント取引の特質も説明した。すると、原告は「ワラントについてそんなことは聞いていない。」と言うので、浅川は説明したはずであるけれども担当者に確認してみると答えた。そして、浅川は、今後新規発行の転換社債や公募の株式があれば担当者からご案内するのでワラントの損失は徐々に取り返していきましょうと提案して原告に納得してもらい、本件ワラントの時価(一七万一〇〇〇円)、行使期限及び行使価額を記載した回答書に署名押印してもらった。

しかし、その数日後、原告は本件ワラント買付の際に説明がなかったのは納得できないと苦情を言い始め、浅川は、門倉及び塩原が既に述べたとおりの説明をしたことを原告に伝えるとともに、本件パンフレットとワラント取引の確認書を原告にファックスで送信した。

6  平成五年三月二九日、本件ワラントの行使期限が到来したが、その時の本件ワラントの価値は〇円であった。

二  原告はその本人尋問において、原告が平成二年三月末日ころ門倉に対し、「ワラント証券は大丈夫ですか。」と尋ねたところ、門倉は「お売りになるのはまだ待ってください。お売りする時期は私が指示をしますから。」と答え、その後も何回となく問い合わせたが、同様の回答であった旨及び門倉が転勤時に後任の塩原を紹介する際、「お売りする時期は私どもの方で指示するということを申し送りしておきました。」と話した旨供述している。

しかし、右供述は次の理由により信用できない。

1  原告は、平成三年六月末に被告が原告口座でした本件ワラントの売り注文について、自分は売るとは言っていないとして異議を述べ、これを取り消させている。

ところで、原告の主張によれば、原告は平成三年九月五日に被告からファックスで送付された説明書を読むまではワラントに関する知識がほとんどなく、したがって、その売却時期については被告の指示によるほかなかった実情にあったかのように見える。しかし、原告本人尋問中にも、原告が被告に対し右売り注文を取り消させるに際し、右売り注文をした理由や当時が売り注文をするのに適当な時期であったかどうかについて質問をした旨の供述はない。

原告が右のような質問をしないまま売り注文の取消しを指示したことは、原告がワラント取引に関して主体的な行動を取ったことを意味しており、この事実は原告の主張と整合しない。

2  原告は、平成二年三月末日ころ、門倉から、本件ワラントの売却について指示があるまで待ってもらいたい旨の話を受けてこれを了承したものの、同年一二月に同人が被告支店から転勤するまで、何度となく同人に売却の時期を問い合わせ、そのつど、同様の回答を受けた旨供述する。しかし、同年一二月から新たに担当者となった塩原に対しては、同人が門倉から売却時期の指示をするよう引継ぎを受けているはずであるのに、売却の時期の問い合わせをしないまま、平成三年六月末の右無断取引の事態の発生に至っているというのであり、原告が門倉に対しては何回となく売却時期の問い合わせをしたというのに、塩原に対してはなぜ売却時期の問い合わせをしなかったのかについて、合理的な説明がなされていない。

3  塩原が平成二年一二月から平成三年六月末までの長期にわたり原告に対して本件ワラントの売却の指示に関する説明を怠っていたのであれば、平成三年六月末の無断取引の事態が発生した際に、原告から塩原に対し、当該売却が被告の適当と考える売却であったのかどうか、そうでないとすれば売却の時期の指示をすると言っていたのはどうなかったのか等について質問ないし詰問があるのが自然だと思われるが、原告本人尋問中にも、原告がそのような質問ないし詰問をしたとの供述はない。

4  原告本人の供述に右のような疑問点があるのに対し、証人門倉の供述内容及び供述態度には特に不自然な点はなく、証人浅川の供述も証人門倉の供述と一致している。

5  甲第四号証の記載内容の一部は、原告本人の供述を裏付けるかのように見える。しかし、証人門倉の供述によれば、右書面の下書きは原告がしたものであり、右書面は、原告が本件ワラントの買付資金の一部の提供者である会社経営者に対して本件ワラント取引で損失が出た理由を説明するために便宜作成提示する書面であると説明されて、門倉は、会社名、利益約束等の明らかに不相当な文言を削除した上、その他の部分については、原告が説明した目的及び原告が門倉の顧客であることに照らし、門倉が個人として原告の知人への言い訳に協力する趣旨で、特に修正を求めることなく署名したものであるというのであり、門倉の右供述に不自然な点はない。したがって、右書証も原告本人の供述の信用性を補強するものとはいえない。

本件ワラントの売却時期の指示に関する原告の供述は、右のとおり信用できず、しかも、原告の右供述部分の内容から見て、それが単なる思い違いや記憶の薄れに基づくものとは認められない以上、前記一の認定に反するその他の原告本人の供述も信用できないものといわざるをえない。

三 以上によれば、被告は本件ワラント買付前後に口頭及び顧客向けの本件パンフレット等の交付によって、ワラントの基本的仕組みを原告に説明し、買付後は価格の変動の動向等を原告に連絡し、原告から時価の確認を受けていたのであって、原告が実兄の運営する会計事務所の事務に従事しており、本件ワラント買付の二年以上前から株式取引の経験があったこと及び原告の実兄はワラント取引の経験もあったことを併せ考えると、本件ワラント取引について、原告の主張の前提である不当勧誘、説明義務違反及び助言指導義務違反を基礎づける事実があったものと認めることはできない。

四  以上のとおり、原告主張に係る被告の責任原因を基礎づける事実を認めるに足りる証拠はないから、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官園尾隆司 裁判官森髙重久 裁判官古河謙一)

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